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読書感想文

※作品内の表現については原文のまま掲載しています。

小学校 低学年

最優秀賞

長坂小学校3年生 舛野 愛央 さん  二日月をよんで

 なぜこの本をえらんだかと言うと、課題図書だったことと、主人公あんが妹のことについて書いている本だったからです。あんの気持ちがよくわかる気がしたからです。わたしにも二さい年下の妹がいます。あんの妹めいは、のんだミルクをすぐはいてしまう。体がなかなか大きくならず、すぐびょういんへ入いんしてしまいます。あんは、そのたびにさみしい気持ちになり、がまんばかりしています。わたしも姉なのでその気持ちがよくわかります。わたしもイライラしたり、おこりっぽくなったり、あんはお母さんに八つ当たりするけど、わたしは、妹にあたってしまいます。すぐけんかしてしまいます。あんは、妹が赤ちゃんだったから、よけいにがまんがふえてしまって、

「生まれてこなければよかった。」

と、あんが言ったとき、あんのお父さんがあんのほっぺをたたいた。あんなにやさしかったパパが、なきそうな顔をして右手をおろした。あんの気持ちは、ずっとがまんしてきた気持ちをばくはつさせて、だれかにぶつけたい。パパの気持ちは、おちこんでしごとのうちあわせをわすれるぐらいしんぱいで、あんのかえりをまっていた。あんのほんとうの気持ちは、さみしくて、かなしい。パパは、あんがしんぱいで、めいのこともふあんで、あんの言葉にきずついて、たたいてしまったんだと思います。

 私の妹が生まれてきた日のことをお母さんに聞きました。2ヵ月早くうまれてしまって、体重が1306グラム。さとうの1ふくろ分くらいしかない小さな小さな赤ちゃんでした。「みじゅくじ」といって、ほいくきに入って、ミルクも鼻から、くだをとおしてのんで、いにちょくせつながしこんでいました。うまれてすぐは、人工こきゅうきをつけて、こきゅうしていたそうです。むねにもくだがいっぱいついていて、かわいそうだったそうです。2ヵ月ちかく入いんしていて、家族みんなで一つのいのちを、たいせつに、だいじにそだてたそうです。

 めいのパパやママも同じで一つのいのちをたいせつに、そだてています。そんなめいのすがたを、はずかしい、友だちに見られたくないと思うあんの気持ちはよくわかります。どうしてかというと、いやなふうに言われたり、めいちゃんをきずつけられたらいやと思ってしまうからです。あと自分もきずつきたくないからです。見たくない自分の思いにはフタをして、手のとどかないところにしまいこんで、がくげい会も休んでしまいたいと思ったけど、親友のまゆがとまりにきてくれて、ほんとうのあんの気持ちを聞いてくれて、だんだんなみだがこぼれてきて、さいしょはかなしくてないていたけれど、さいごはスッキリした気持ちだと思います。

 この本をよんで、自分ににたところもあったし、ちょっとこわいと思うところもありました。それは、人をきずつける言葉は自分の心のおくそこにあって、人をきずつけてしまうことがあることです。自分の言う言葉に気をつけて、人とはなそうと思いました。

優秀賞

第二小学校1年生 兎田谷 奈々 さん  ひみつのきもちぎんこうをよんで

 わたしは、ひみつのきもちぎんこうのほんをよみました。このほんにでてくる、ちょんまげのおじさんのえがおもしろかったので、このほんをよんでみようとおもいました。

 このほんにでてくるゆうたくんは、はじめはおともだちにいじわるをしたり、ふしんせつなことをするおとこのこでした。いじわるをすると、ジャリーンというおとがするのですが、ゆうたくんはなにのおとかわかりませんでした。いえにかえると、きもちぎんこうからてがみがきてました。あずかっているつうちょうがいっぱいになっているとかいてありました。ゆうたくんは、ひみつぎんこうにいくことにしました。ひみつぎんこうにはつうちょうがあって、いじわるやふしんせつにしたときにはくろコインがたまるようになっていました。いっぱいになると、いいこころがきえてしまうのです。いじわるだけでなく、いくじなしやよわむしのきもちのときもたまってしまいます。くろコインだけでなく、チャレンジやゆうき、どりょくをするとたまるコインはぎんコインです。このきもちぎんこうは、うそきもちと、ほんまきもちがたまるぎんこうでした。ゆうたくんは、くろコインがいっぱいになってよいこころがなくなりそうになっていたので、チャレンジやゆうきをだして、ぎんコインをためることにしました。こんなぎんこうがほんとうにあると、わたしはどちらのコインがおおくたまっているだろうとかんがえてみました。わたしはきっとぎんコインがおおくたまっているとおもいます。わたしはいつも、いろいろなことにチャレンジしてがんばろうとおもっているからです。でもたまには、よわむしなきもちになるときもあるので、くろコインもたまっているかもしれません。わたしのつうちょうも、ぎんコインでいっぱいにしたいです。

優秀賞

第三小学校2年生 清水 あおい さん  へいわってすてきだね

 わたしは、「へいわってすてきだね」の本を読みました。この本は、おきなわけんのよなぐにじまにすんでいる六さいのあさとゆうきくんが書いたしです。絵は、はせ川よしふみさんがえがいて二人で作った絵本です。

 おきなわけんは、せんそうでたくさんの人がしにました。わたしは、せんそうがとてもこわいと思います。ドラマで、ばくだんがおちてしんでいるのを見ました。

 ゆうきくんは、

「お友だちとなかよし。家ぞくが元気。え顔であそぶ。」

がへいわと考えました。わたしが思うへいわは、

「しあわせ。」

だと思います。わたしの「しあわせ」の時間は、チョコレートを食べている時と、ねている時、ユーチューブを見ている時間とすてきなくらしができることです。これからも、ずっとへいわがつづくように、わたしができることは、けんかをしないようにすることです。家ぞくにも聞いてみました。

 ママは、

「心がとげとげにならないようにすること。」

と言っていました。

 ひなちゃんは、

「せんそうはだめってことを知らせること。」

と言っていました。

 さいごにパパは、

「思いやりをもつことやでー。」

と言っていました。

 ずっとへいわがつづいてほしいです。

優秀賞

末広小学校1年生 池 泰知 さん  「へいわってどんなこと?」をよんで

 ぼくはこのほんをよんで、せんそうはこわくてあぶないことだとおもいました。

 へいわというのは、あんぜんでたのしいということ。いつもあたりまえにしていることができること。

 あさおきて、ごはんをたべて、がっこうにいって、ともだちとあそんで、おふろにはいって、おふとんでねれるということは、へいわだからできることだとおもいます。

 せんそうは、まいにちあたりまえにしていたことがぜんぶできなくなります。たいせつなかぞくやともだちにもあえなくなります。

 だから、ぜったいにせんそうはいやです。

 いのちはひとりにひとつ、たったひとつのおもたいいのちなので、ぼくはたいせつにしたいです。

 ぶきをもつのはあぶないし、ひとをきずつけるので、もってはいけないです。

 ぼくはこれからもずっとへいわがつづいてほしいとおもいます。だからたいせつなひとたちにやさしくしたいです。

 みんながやさしいきもちをもって、なかよくすれば、せんそうはなくなるのかなとおもいます。

小学校 高学年

最優秀賞

北中小学校6年生 佐藤 萌永 さん  「だけど、くじけない」

 私は「だけど、くじけない」という本を読みました。

 この本を選んだ理由は、自分と年の変わらない子どもが大きな震災があったのにくじけず元気に生きようとしている姿に胸を打たれたからです。

 この本には、実際に震災にあった人達の写真と子ども達の作文の一部がのっています。多かった言葉は、「ありがとう」です。私も人に何かしてもらったときや感謝の気持ちを伝えたいときなどにこの言葉を使います。しかし、作文に書いてある「ありがとう」は意味が深いのかなと思いました。

 そして、たくさんの作文の中で私が一番心に残っている作文は、「三月十一日の津波でなくなられた命も多いけど、誕生した命も多くあるから、そんな誕生する命を私は見届けたいと思って助産師になりたいと思いました。」という作文です。この作文を書いたのは私と同じ年の女の子です。被災したのに、それをきっかけに自分の将来の夢が出来たのはすごいと思います。

 私は大きな震災にあったことがないので震災の恐ろしさを知りません。だけど、水道やガス、電気が使えなくなると、今の日常はどうなるのだろうか。そしてなにより、大切な人の命をうばい、大切な人に二度と会えなくなることを思うと、とても悲しくてつらい気持ちになります。しかし、みんな、必死に生きようとしているのです。「だけど、くじけない」どんなにつらい出来事があっても、すべてがいやになっても、くじけないで前を向いて生きよう。このタイトルは短い言葉にとても深い意味があると思います。この本にのっている写真はみんな笑顔です。写真はすべてこのタイトルにぴったりだと思います。

 最後に、この本を読んで大切だと思ったのは、助けが必要なぐらい大きな震災にあったりして困っている人達がいるときは、助けてあげるということです。助け方は色々あるけど、支援物資を届けたり、はげましの手紙を書いたり、全てが被災者の方にとってはうれしいものです。この本にも世界中の人達からの助けが自分達の支えになったと書いています。これは小さな災害でも同じだと思います。それに学校での友達同士でのトラブルなどでも同じです。困っている人に手を差しのべてあげること、それは世界中どこであっても必要であり、人への思いやりがどれだけ大切なことなのかが分かりました。

優秀賞

日根野小学校5年生 松藤 なつ さん  ユダヤ人への差別

 私が読んだ本は、アンネ・フランクという本です。この本を選んだ理由は、この前学校の学級文庫でこの本を見つけて、読んでみると、とても感動したからです。

 この本にでてくるアンネ・フランクは、ユダヤ人という理由だけで迫害されました。でも、アンネはかくれ家や学校、収容所でも、いろんな人達に助けられながら、いつも「まだ人生を愛していますし、自然の声も忘れていませんから。わたしたちは、いまなお希望をなにごとにつけても希望を、忘れてはいけないのです。」と言って希望を持ち続けたそうです。

 私はこの本を読んでものすごくアンネを尊敬したシーンがありました。それは、アンネの仲良しの子が学校をやめさせられそうになったときアンネがかばってあげたところです。アンネが通っていた学校でも、ユダヤ人狩りがはげしくなってきて、ユダヤ人だということがわかって、学校をやめさせられたり、登校の途中でつかまって収容所へつれていかれたりして、毎日のようにユダヤ人の子がいなくなっていました。そんなときアンネの仲良しの子がユダヤ人だということがわかって、学校をやめさせられそうになっていました。アンネは、その子をかばえば自分がユダヤ人だということがわかっていっしょに学校をやめさせられることをわかっていました。それでもアンネはその子がせめられているのを見て、ユダヤ人のなにがわるいの?どうしてユダヤ人だとこの学校にいたらいけないの?と思ってきました。そしてアンネはその子をかばい、アンネ達は学校をやめさせられてしまいました。そのシーンを見たとき私は、自分がアンネの立場だったらどうするかを考えました。私ならきっとユダヤ人だということがばれて、学校をやめさせられるのがこわくてだまっていると思いました。私ならだまっているのにアンネは勇気を出してその子をかばいました。私はアンネのその勇気に感動し、尊敬しました。

 その後アンネは、わずか十五さいと九か月の人生で終わりました。この本の最後には、こう書いています。アンネがわずか十五さいで命をとじなければいけなかった理由は、ただひとつユダヤ人であることだけです。この言葉に私は、なぜユダヤ人だからってなにもわるいことをしていない人達を、迫害したりするんだろう?なぜアンネはたったの十五さいで命をとじなければいけないのだろう?と思いました。アンネいがいのユダヤ人の人達もユダヤ人だという理由で差別されてきました。この本を読んで一番思ったことは、相手の気持ちを考えないといけない。ということです。差別している人達は、差別されている人達の気持ちを考えないといけません。これからは、相手の気持ちを考え、勇気を持って生きていきたいです。

優秀賞

日根野小学校6年生 池田 空未 さん  「ワンダー」を読んで

 私がこの本を選んだ理由は、図書室で少しこの本を読んで、続きが気になったからです。

 まず、この本のあらすじを紹介します。この本は、主人公オーガストが少し外見が皆とは違う子で、五年生になって、初めて学校へ行ってから一年間の色々な出来事を書いています。

 次に、私が心に残った、登場人物の行動です。心に残ったものは全部で三つあります。

 一つ目は、主人公が自己紹介する所です。自己紹介はたいていの人が緊張すると思います。主人公も緊張して、すごく自分の外見をあらためて気にしてしまい、下をむきながら小さな声で自己紹介をします。私も自己紹介で緊張してついつい声が小さくなってしまうし、心臓がバクバク音をたてて、足がガクガクふるえてしまいます。主人公の気持ちがすごく分かります。

 二つ目は、サマーという女の子が主人公に「一緒にランチを食べよう」と誘う所です。

 私は思うのですが、しゃべった事の無い子にしゃべりかけるのは、そうとう勇気がいると思います。私も似たような経験があります。何年か前、私のクラスに転校生が来ました。その時に私はその子にしゃべりかけたのですが、すっごく勇気がいりました。そして勇気をふりしぼり、今となってはきっとその時のおかげでしょうか。親友です。このような事を考えると、サマーは本当に優しい子です。

 三つ目は、主人公が学校のみんなと野外学習へ行ったときのことです。主人公は、夜に親友のトイレへついて行きました。しかし、その時に七年生のグループに主人公の顔をバカにされ、いじめられてしまいます。その時、困っている二人をエイモス、マルイズ、ヘンリーの三人が助けにきてくれます。結局、主人公達はボコボコにされて、主人公の補聴器が無くなってしまいます。七年生達にとられてしまったのです。三つ目はこの場面です。その後、五人で補聴器をさがします。主人公の事をついこの間まで嫌がっていた三人が、助けてくれたのです。私は、「友達というものは、本当に良いものだな」と感動しました。私も、いつも学校などでは友達にたくさん助けてもらっています。いつも助けてくれる友達に、心の中で改めて感謝しました。

 そして最後に、私がこの本を読んで学んだ事、感じた事です。

 この本では、「差別」をされる方の気持ちがすごく分かります。世界中には、必ず「差別」を受けている人がたくさんいます。私は、その世界中の「差別」を無くす事はできません。しかし、私に出来る事―それは、もっともっと「思いやり」をもって、一人でいる子に声をかけたり、仲良しな子も仲良しでない子も関係なく、困っている子がいたら助けてあげる。そういう小さな事だけれど、私にできる「その事」をいっぱいしたいと思います。

中学校

最優秀賞

長南中学校1年生 宮路 偲愛 さん  「絶対温度」を読んで

 この本を書いているさだまさしさんは有名な歌手で、両親が曲をよく聞いていたということもあり、父にすすめられて読みました。本をパラパラとめくると、習っていない漢字もあり、読む自信がなかったけど漢字を教えてもらいながら読み進めていくととても面白く、どんどん引き込まれていきました。

 この本には、さださんが人生でいろいろな経験をしてきた事、読んでいる人に伝えたい事を書いている本です。

 さださんの叔母は、十七歳の時に長崎に落ちた原子爆弾を実際に見た生き証人だったそうです。その叔母は爆心地から約一キロ以内で被爆した人で、それから五十年も生きた人でした。その間、原爆病で苦しんだそうです。その叔母は力尽きてしまいました。叔母が最後に残した言葉、「原爆のことだけを非難してもダメよ。原爆というのは、戦争の果てに生まれた兵器。だから、戦争そのものがなくならなければ、戦争にかかわって死んだ人たちは浮かばれないの」……とても深い言葉だと思います。さださんは、「貝の火運動」というのを起こしました。さださんの言葉で、「核兵器をなくす前に戦争をなくそう。世界中から戦争がなくなるまでこの運動は続けましょう……」と呼びかけました。私はこの言葉を見て、さださんの考えはとてもすごいと思いました。

 私は、六年生の修学旅行で広島について勉強しました。中学校では、平和登校日に長崎について勉強しました。私はこの学習を通して、さださんの言葉はよく分かります。人が人を殺し、関係のない人まで巻きこむ戦争は不幸でしかありません。年々、戦争を経験した人も亡くなっていく中で、さださんの貝の火運動は意味のあるものだと思います。

 今でも世界のどこかで紛争やテロが起こっています。ニュースでテロなどを見ますが、テロにあった人はとてもこわかったと思います。私はいじめとか戦争がない未来をつくっていきたいです。関係のない人が殺される、自分で自分の命をたつということを減らしていきたいです。さださんの貝の火運動よりも小さいけれど、周りの小さな争いから減らしていきたいと思います。少しでも貝の火運動の力になれる様に努力しようと思いました。

 私は小学校の時にいじめられたことがありました。その時もこの本を読みましたが、心に残った話でした。今でも「いじめ」で自殺したりする人がいます。もし学校でいじめにあったら家族に相談し、もし家族に相談できなかったら学校の先生に相談するなど、死ぬ他にもいろいろな解決の仕方があるのに自殺するのはおかしいと思いました。私もいじめられたことはあったけど、一度も「死にたい」など思ったことがありません。それは、支えてくれる家族がいて、相談にのってくれる先生や友だちがいたからです。もしも私が誰にも相談をしていなかったら、今もいじめは続いていたと思います。

 愛する人の死の乗りこえ方も書かれていました。さださんは、愛犬の死からはじまり、いろいろな大切な人を失っていったと書かれていました。私も祖母の死から乗りこえるのには時間がかかりました。祖母が亡くなってから私は、とても後悔をしました。祖母にいろいろな事を教えてもらったのに、恩返しができていないと思うと後悔でいっぱいです。でも祖母が亡くなる前に、「ありがとう、今までありがとう」と言うことができました。今までの感謝を伝えることができたのでよかったです。

 もし死にたくなったらというのも書かれていました。ここの部分で私が一番心に残ったところです。煙草を吸えば一本ずつ肺がんに向かってゆるやかに自殺をしているわけだと書かれていますが、私は「なるほど」と思いました。

 「いじめで死ぬことはないさ」私はこの言葉が心に残りました。自分を必要としてくれる家族がいる、自分を友だちとしてくれる人がいる。それなのにその人たちを裏切って自殺する人もいます。私には耐えられません。もし学校でいじめられたなら、命を捨てず、学校を捨てる方が一番いい道だと私は思います。私はこの時、題名の意味が分かりました。「温度」は人間の温かい心の事だと思います。人間には素晴らしい人がたくさんいるということをさださんは伝えたかった事なんだと思います。

 私は今、中一ですが、今までもたくさんの出会いや別れがありましたが、これからの人生で今までより、もっと多くの人に出会い、別れをくり返していくと思います。私もさださんのようにできるだけ記憶していこうと思います。

優秀賞

長南中学校2年生 仲村 真樹 さん  想いを伝える

 私は、よくスポーツにはげんでいる青春系の小説を読むことがあります。そんな私が、「ABC!曙第二中学校放送部」を読んだ理由は、1つ目は私の通っている中学校には放送部がないのでどんな活動をしているのか疑問に思ったからです。2つ目は、私は文化委員で放送することがあるのでどんなことに気をつけて原稿を書いたり、読んだりしているのか知りたいと思ったので、この本を読むことにしました。

 この本は、みさとと古場の2人で始まった放送部に新しく顧問になった須貝先生、1年生の珠子、野球部で現在は肩をいためた新納、そして3年生に転校してきて、転校する前にも放送部だったことを知ったみさとが無理やり入部した真野葉月が加わりました。あまり活動をしていなかった放送部でしたがお昼のお昼の放送を始めたりしましたが、葉月はマイクをにぎることはありませんでした。そんな時、コンクールがあることを知り、みさとはアナウンスの部、古場達はラジオの部に出場することになりましたが、部内でけんかをしたり、先生と対立したりしますが、最終的にはみさとが優良賞に選ばれました。そして、葉月が卒業する最後のお昼の放送でマイクをにぎるというハッピーエンドな話でした。

 私は、この本を読んでみて言葉の選び方で、相手がどう思うのか全く違ってくることがわかりました。葉月が転校する前の学校でコンクールのために作ったラジオが不登校になった友達を怒らせてしまったのは、相手がどう思うか、相手の立場や目線になって、言葉を選ぶことが出来なかったからだと私は思いました。その他には、この本には放送は耳だけで聞くから漢語を使った堅い文の方がわかりやすいことがあることや、「嫌いな教科」だとクレームがくる可能性があるので「苦手な教科」にした方がいいなど驚くほど細かいところまで相手の目線になって言葉を選んで、放送の原稿を書いていました。相手を思いやる気持ちは、行動だけでなく言葉の選び方でも表せられること改めて知ることができました。

 もう1つこの本を読んでわかったことは、アナウンサーなどが工夫をしたり、気をつけて読んでいるところです。「雨」と「飴」や「暑い」と「厚い」など私が言ってみたら全く同じに聞こえるのに、みさとはアクセントをいれて違いをわかりやすくしたり、場面によってテンポを変えること、相手が理解する間を与えるなど読む時に気をつけることがわかりました。毎朝観ているニュースでもそういった工夫がたくさんして、聞きやすく、わかりやすくなっているんだろうと思いました。そういった工夫も相手を思いやる気持ちからできたものだと思います。文化委員で放送するときに心がけようと思います。

 私はこの本で、一番印象に残った言葉は、「汚い言葉でなくても人は傷つきます。投げつけるのが石でも木の実でも、痛みは同じです。」という葉月が先生に対して言った言葉です。私も、葉月と同じ意見です。例えば、「おもしろい。」という一言でも、その言葉をほめ言葉だと捉える人もいれば、悪口だと思う人もいます。言った人には悪意はなくても、聞いた人によって捉え方が変わってくるのが、日本語の難しさだと思います。だから、相手や場所などを考えて言葉を選ぶことが大切だと思いました。

 この本を読むまでは、あまり考えずに思ったことをすぐに口に出してしまうことがよくあり、けんかになったりしていました。でも、この本を読んで、言葉の重さ、大切さがわかりました。なので、これからは口に出す前にその言葉で相手を傷つけないか、しっかり伝わるかなどを考えて、自分の言葉に責任を持ってから言葉にしたいと思いました。また、「声は、伝えるためにある。だれかを黙らせるためじゃない。」古権沢先生や亜美のような声よりみさとのような声の使い方がしたいです。現在は、声を聞かなくてもSNSなどで会話できるようになりましたが、文字だけだと伝わらないものがたくさんあると思います。

 自分の声で、自分が相手のことを思い、考えて選んだ言葉に責任をもって、相手に思いが一番よく伝わると改めて思いました。

優秀賞

長南中学校3年生 山田 結菜 さん  「シンドラーに救われた少年」を読んで

 私はこの夏休みに、「シンドラーに救われた少年」を読みました。この本を選んだ理由は二つあります。一つは、本の帯に書いていた「危険を冒してまで多くのユダヤ人の命を守った、シンドラーの勇気の理由とは?」というワードが気になったからです。私が今まで知っていたユダヤ人を救った人は、日本人の杉原千畝だけでした。でも、この本の帯を見て、他にもユダヤ人を救った人がいることを初めて知り、読んでみたいと思ったからです。もう一つは、歴史が好きだからです。社会の授業で第二次世界大戦中のナチス独裁について学び、読書感想文を通じて戦時中の様子についてもっと知りたいと思ったので、この本を選びました。

 主人公・レイブ少年はポーランドのナレフカに住む五人兄弟の末っ子で、貧しいながらも大好きな家族や友達と幸せな日常を送っていました。ところが、一九三九年、ナチスがポーランドに侵攻し、占領されました。レイブら一家はユダヤ人だったため、ナチスのユダヤ人政策の標的となり、拘束されました。それはユダヤ人にとって長く続く「地獄の日々」のはじまりでした。そこで私が疑問に感じたことは、「なぜ標的にされたのがユダヤ人だったのか?」ということです。気になり、調べてみると、ヒトラーが裕福なユダヤ人の生活に対して嫉妬していたと出てきました。当時ドイツは第一次世界大戦で降伏し、ベルサイユ条約の多額の賠償金に悩まされていたことが原因で、裕福な生活を送っていたユダヤ人に嫉妬し、標的にしたと言われています。なぜそれだけで罪のないユダヤ人を迫害し、虐殺するのか理解できませんでした。収容所に送られたユダヤ人の運命は「死」だけでした。私なら収容所から逃げ出したいです。でもそうすればナチス軍に殺されてしまう。収容所へ送られたユダヤ人の人達も私と同じ気持ちだったでしょう。レイブ一家も収容所へ送られたうちの人達です。何もしていないのに、ドイツによって、ナチス軍によって、ユダヤ人の「幸せな日々」は奪われ、「地獄の日々」に一変しました。家族や友達、恋人といえども、ユダヤ人であるというだけで、絆は引き裂かれました。私なら絶対に嫌です。日本人というだけで、大好きな家族や友達と引き離され、迫害され、虐殺される。今の日本や世界では考えにくいことだけど、数十年前の世界で起こっていたことです。ナチスによって、たくさんの人間の尊い命が、小さな虫のように扱われてしまう。決して許されてはならないことです。ですが、そのたくさんの命を救ったのが、シンドラーでした。彼は自分の身を危険にさらしてでも多くの命を救いました。レイブ少年も奇跡的に、「シンドラーのリスト」に載ることで救われました。ですが、何十万人もの助からなかったユダヤ人がいることを私達は忘れてはなりません。収容所へ送られたユダヤ人はどれだけ恐怖だったか、空腹や飢えで苦しんでいたか、どれだけ「幸せな生活を送りたい」と願っていただろうか。私達が今、こうして幸せな生活を送れていることは決して当たり前ではないと思います。誰かのおかげで、毎日幸せで安心できる生活を送れているのではないでしょうか。

 レイブ少年は、少年にとってシンドラーは「英雄」だ、と書いていました。本当にその通りだと思います。シンドラーはナチス党員でありながらも、自分の命と財産をかけて千人以上のユダヤ人の命を救いました。私なら、周りに流され、助けようと思っていても見て見ぬふりのままだと思います。それでもシンドラーは見過ごさなかった。周りに流されず、「ユダヤ人を救うことが最善である」という自分の意思を貫き、行動に移すことができた。これまでシンドラーについて相反するさまざまな声がありましたが、レイブ少年の目にうつったシンドラーは誰が何と言おうと「英雄」なのです。本には、「英雄とは、最悪の状況で、最善を為すごく普通の人間」と書いてありました。シンドラーは特別な人間ではなく、私達と同じ「平凡」な人間でした。でも、自らの命を危険にさらしてまでユダヤ人を救ったシンドラーは、この本で強調されているように「英雄」と呼ばれるにふさわしい人物だと思います。

 

お問い合わせ
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電話番号:072-463-1212(内線2331~2335)
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