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読書感想文

※作品内の表現については原文のまま掲載しています。

小学校 低学年

最優秀賞

長坂小学校1年生 岩田 恋渚 さん  「とことんとまとん」

 いやなきもち、はずかしいきもち、うれしいきもち、たのしいきもち、なきたいきもち。

 とまとんには、いろいろなきもちがあるんだよ。

 わたしにもいろいろなきもちがあるんだよ。

 あさ、がっこうにいきたくないときがあって、ちょっとなきながらがっこうにいったことがあるよ。

 わたしにも、がっこうにはともだちはいるけど、はじめのときは、「ともだちできるかな。」 としんぱいしていたよ。

 ともだちがはじめてできたときは、とてもうれしかったよ。

 いまはあさ、なかずにがっこうにいっているよ。ともだちとおはなししたりあそんだりしてたのしいから、「わたしには、まほうのことばはいらないよ。」って、とまとんにおしえたいです。

優秀賞

中央小学校2年生 松浪 央弥 さん  「かわいそうなぞう」

 ぼくが読んだ本は、かなしいぞうの話です。

 この本をえらんだ理ゆうは、絵がおもしろそうだからです。

 ぼくは、この本を読みおわった時、ちょっとかなしかったです。

 この本を書いた人はせんそうは二どとごめんだ。とつよく思って書いたのかなと思いました。この本でぼくは、せんそうはどんなだったんですか。せんそうでどんなどうぶつがころされたかが知りたくなってこの本にしつもんしながら読みました。そのこたえは、せんそうがはじまってどうぶつ園のおりにばくだんがおとされたらライオンとかゾウみたいなきょうぼうなどうぶつが町であばれたら人がきけんだから、どくをのまされたりえさを一つもあげないでころされました。

 ぼくが一ばんこころにのこったことは、さいごまで生きのこったゾウのトンキーがしんでどの人もゾウにだきついたまま、こぶしをふり上げて「せんそうをやめてくれ。」とさけんだところです。りゆうは、本の絵を見てしんでいるゾウの絵がかわいそうだしそのゾウを見てさけぶ人もかわいそうだからです。

 たぶんゾウはせんそうはきけんだよということを教えてくれたんだと思います。

 ぼくは、この本を読んでみてせんそうはつらくてきけんだとつよく思いました。そしてせんそうはぜったいにしてはいけないということがわかりました。

 ぼくは、この話を友だちや先生に教えて、せんそうはぜったいしてはいけないと言いたいと思いました。

優秀賞

中央小学校3年生 柏原 那々美 さん  「プレゼント」

 ママがいい本があるでと、わたしにこの本をしょうかいしてくれました。だいは、プレゼントでした。プレゼントは、たんじょう日プレゼントか、クリスマスプレゼントかなと思いました。

 そして、この本を読みました。6年生のユウタには、手と足がほとんどありません。ふだんは、車いすにのっています。手と足がないユウタは、みんなとなかよくできていて、ときには、けんかもしたり、ふざけあったりしています。なかでも、いちばんなかよしなカズトとヨシヒコとは、サッカークラブでスポーツもしています。手と足がほとんどないユウタでもスポーツがいっしょにできるんだな、と思います。それでもユウタにもにがてな時間がありました。それは、きゅうしょくの時間です。おしゃべりにむちゅうになってしまうのです。ユウタが食べおわらないと、大すきな休み時間がなくなってしまうと、カズトとヨシヒコもつまらないので、こっそりユウタのきゅう食を食べてあげたりしていました。いつも、いっしょに遊びたいという友だちは、いいなと思いました。

 秋になってバスケットボールをすることになりました。ユウタは、しんぱんをすることになりました。でも、ユウタは、あまりじょうずではありません。だから、カズトとヨシヒコとけんかになって、カズトとヨシヒコと遊ばなくなりました。わたしは、早くなかなおりしてほしいなと思いました。

 えきでん大会の日になりました。ユウタもさんかすることになりました。ユウタは、いっしょうけんめい走りました。走るといってもみんなが歩くスピードぐらいでした。でもユウタは、くじけずに走りました。ユウタは、とてもいっしょうけんめいな子だなと思いました。ほかのみんなもいっしょうけんめい走りました。3組は、みごとにゆうしょうしました。ようやく3人に笑顔がもどってきました。ユウタたちがなかなおりしたということがこの本のプレゼントでした。なによりもだいじなプレゼントだなと思いました。

 わたしが一番心にのこったことは、この本のひょうしの絵です。それは、その車いすが高くなっているところです。カズトやヨシヒコと目線があっているのです。車いすにのっているユウタものってないカズトとヨシヒコもみんな同じだと思いました。

小学校 高学年

最優秀賞

末広小学校6年生 高野 心愛 さん  「いじめられっ子ノラ」を読んで

 私はこの本を読んで、衝撃をうけました。なぜなら、この話の主人公の典子みたいな人は、まわりにいないからです。

 典子は母親と二人暮らしですが、母親からは、食事も作ってもらえず、何かがあるたびに暴力をふられるという虐待を受けていました。学校でも、クラスメイトたちに、いやがらせをされたり暴力をふられたりしていましたが、先生は助けてくれませんでした。だから私は、野良ねこのように一人ぼっちだからクラスメイトたちは、典子のことをノラとよんでいるのかな、と思いました。さらに、典子は家出をし、父親のもとに行きました。ですが、最終的には暴力をふられ、典子は家を追い出されてしまいました。私が典子の立場だったら、だれからも愛されず、孤独な環境にたえきれないので、典子と同じく「死にたい」と思うでしょう。典子も首を吊って死のうとしました。ですが典子の人生を変えた出会いがあったのです。それは、おじいさんと出会って、

「典子、おまえはこれまで他人から愛されないことに不満を持ちつづけて、自分から他人を愛そうとはしなかった。」

と言われたことです。私はおじいさんの言葉を聞いて、やり返すこと、死ぬことばかりを考えてはいけないな、と思いました。なぜなら、このおじいさんと典子のように、人生を変える出会いがあるかもしれないからです。

 典子は、おじいさんの家に住み、勉強し、大学に入り、卒業をして介護施設で働いています。私は、絶望的な状態でも、何かのきっかけでこんなに変われるんだ、と感心しました。

 典子は復讐したい気持ちをおさえられて、すごいなと思いました。私も正直に言うと、復讐してスカッとなりたいからです。実はこの本でも、典子は知りませんが、野良ねこが典子をいじめていた母親や父親、クラスメイト、先生たちをこうげきしている場面がありました。そのとき私は、「もっとやれ!」と思いましたが、最後まで見たとき、復讐をしても何の意味もないことに気づきました。

 私は今、こうやって幸せに暮らせていることをありがたく思いました。いじめない、そしていじめられても復習をしたり、死んだりせずに、命があることに誇りをもって生きていきたいと思いました。もし、困難なことがあってくじけそうになったときは、この本に書いてあった、「雨は永久に降りつづきはしない。いつか必ず晴れる日が来る。」という言葉を思い出して乗りこえていきたいです。

 このいじめと戦った典子という少女は実在しています。私は典子にはこれから先はずっと幸せに生きてほしいと思っています。

優秀賞

長南小学校6年生 奥野 美羽 さん  「セカイの空がみえるまち」を読んでの考え方の変化と目標

 本屋で1つの本に強く目を引きつけられた。それが「セカイの空がみえるまち」だ。この本にひかれた理由は、表紙の少女と少年の悲しそうな不思議そうな表情である。何かの不満からつくられたような表情の理由を知りたかった事からこの本にひかれたのだ。

 この本は、2人の主人公の青春と新大久保で起きるヘイトスピーチをテーマにして作られている。この本から、私はこれまでのヘイトスピーチに関連する過去をふり返ることができた。

 私は、電車の中や街を歩いているときに、他の国を非難する声を聞いたことがある。そのときの私は、何も思わず、ただその話を聞いているだけだった。他にも、「日本人じゃないから」と、差別をする話を聞いても、心の中でそれはおかしいのではないかと、完全に否定することができなかった事もあった。だが、その中には「あなたの国は、日本がきらいだから、あなたも日本がきらい」と、勝手に人の気持ちを決めつける人がいた。そこで私は、それはおかしい、皆が皆きらいな訳じゃない。と否定し気付くことができた。私は、この本で今まで失敗や成功した事を思い出すことで、今までの行動を見つめ直すことができた。

 私は、この本の中で、とても共感のできた文章がある。それは、「大人たちの言うことは、いつだって矛盾している。せめて子どもの前でくらい、立派な姿を見せてほしいのに」だ。この文は、一番印象に残っている。大人はいつも「悪口を言ってはいけない。」と言うのに、自分達はかくれて、他国の人の悪口を言う人がいる。そんな人がわずかじゃないのが悲しい。子どもにそう教えるならせめて人に向かって悪口を言っている姿は見せてほしくない。この二文を見て、自分が大人になったとき、ヘイトスピーチなどの人を非難する行いはしないでおこうという気持ちがよりいっそう強くなった。

 この本に出あって自分の人権への思いの強さがどれぐらいあるのか知ることができた。また、表紙の2人の表情の秘密や題名の意味も分かった。私は、この本の主人公と少し似たなやみ、考えをもっていたけど、話が進むたびに主人公と共に考えが変わり、なやみの解決にも近付く事ができた。以前は、他国を非難する話を聞いても、何も考える事をしなかったけど、今では、これからどうしたら良いのか分かることもでき、ヘイトスピーチについても色々な考えを持つことができた。この本で、ヘイトスピーチについて知ったことをこれから、ヘイトスピーチを世界から減らしていくために、いかすことがこの本を読んでの目標だ。

優秀賞

末広小学校4年生 新谷 優月 さん  「空にむかってともだち宣言」

 わたしが読んだ本は、「空にむかってともだち宣言」です。

 私がこの本を選んだ理由は、本のしょうかいに書いている「給食のときにちょっとした事件がおきて…」という文をよんで、いったいどんなことがおきるのか知りたいという気持ちになったからです。

 どきどきしながら読み進めると、事件とは主人公のあいりのクラスで給食の時間に、ミャンマーから転入してきたナーミンという女の子が、クラスの男子たちに名前を使って「難民」とからかわれるというものでした。わたしはこの部分をよんだときに、人の気持ちを考えていない男子に対して、本当に許せない気持ちでいっぱいになりました。しかし、わたしのその気持ちは、あいり達のたんにんの先生がその日の5時間目に難民とはどのような人たちなのか、世界には難民といわれる人が約1500万人いるということ、ナーミンが難民として日本に来た理由を話してくれた時の男子達のようすを読んだときに、ほっとしたものにかわりました。

 その後、あいりのクラスでは、学習発表会で発表するために、ミャンマーの服そうや食べ物、あいさつなどの文化についての調べ学習と、ミャンマーに古くから伝わる踊り、バガンダンスの練習をすることになりました。学習発表会当日、バガンダンス最後のポーズのときには、体育館の窓がふるえるくらいのはく手がいつまでも鳴りやまないぐらいの大せいこうでした。これは、クラスのみんながミャンマーの生活習慣や伝統を理解し、ナーミンとあいりを中心に心を一つにしたからこそできたのだと思いました。

 わたしはこの本をよんで、ミャンマーだけでなく、世界中からけんかや争いがなくなり平和で安心できるくらしができるようになったらいいなと思いました。

 また、わたしはこの本を読んで、外国の人達となかよくするためには、相手を思いやる気持ちはもちろんですが、おたがいの国の生活習慣や伝統などをよく理解して、大切にすることが必要だということがわかりました。

 わたしは、これからも他国の人やその国の生活習慣を大切にすることをいつも心の中に大切にしまって覚えておこうと思います。

中学校

最優秀賞

長南中学校1年生 飯山 陽向 さん 「あの夏を生きた君へ」を読んで

 食べ物があること、家族がいること、戦争がないこと、明日があること、そして、生きること。当たり前だと思っていませんか?私はこの本を読んで、今生きているということが、どういうことなのかと、とても考えさせられました。この本の主人公、千鶴は、学校でいじめられていて、かなり心が荒れています。何事にも無関心で、幼なじみである悠や、両親に向かって酷い言葉を投げつけたり、口癖のように毎日「死にたい。」「死ね。」などの言葉を発しています。そんなある日、千鶴の祖母である明子が倒れてしまいます。その時かけつけた病院で千鶴の前に突然現れた、明子の初恋相手であり、現代では少年の姿のまま幽霊となった「ユキオ」。ユキオは、戦時中に明子と必ず一緒に開けると約束した、タイムカプセルを探すために現代へ来たと言います。その話を聞いて、千鶴は、いつも自分を助けてくれたばあちゃんに恩返しをしようと、タイムカプセルを探す事に決めました。タイムカプセルを探して3日目の日、千鶴が持っていたおにぎりを捨ててしまい、2人は言い争ってしまいます。そして思わず千鶴は、「生きているのは面倒くさい。みんな死んじゃえばいいのに。」と言ってしまいます。その言葉を聞いたユキオは「家族がいて、帰る場所がある。それが、どれほど幸せなことだか、わかるか?」と言い、自分の戦時中の話を千鶴に聞かせます。恵まれた環境で生きていることや、両親からの愛に気づかせるために。着る物も食べる物も安全な水さえもなかったことや、炎に囲まれながら逃げ続けたこと。そしてユキオは、妹の小夜子を助けて死んだということ。ユキオが千鶴に戦時中の事を話す場面は、本当に涙が止まりませんでした。今、私は授業で戦争について学んでいます。顔の半分が焼けてしまった人、雨のように降り注ぐ銃弾のこと。今の日常とはかけ離れた映像ばかりでした。そんな時でも家族を大切に思って死んでしまったユキオは、とても強くて優しいんだと思いました。それと同時に、今、私達が簡単に「死にたい。」「死ぬ。」と言っていることを情けなく感じました。私は、食べる物に困ったことも、着る物に困ったこともありません。家族もいて、友達もいる。ただ、うまくいかないことがあったり、いつもイライラしていたり。それだけのことです。この本を読むまでは、正直「戦争なんて自分には関係ない。」と思ってしまっていました。だけど、ユキオの話を聞いて、戦争についてもっと学習しておけば良かったと思いました。そして、ユキオの「イヤなことも、悲しいことも受け入れて生きていたかった。」という言葉が強く心に残りました。この言葉は、ユキオだからこそ言えた言葉だと思いました。「死ねなんて簡単に言うな。死にたいなんて簡単に言うなよ。」ユキオの言葉、ひとつひとつに重みを感じて、本当に胸が苦しくなりました。家族や友達がいることは当たり前ではないし、必ず明日があるわけではないんだと思いました。そして千鶴も、自分は一人じゃない、と気づき、両親や悠に素直な感謝の気持ちを多く伝えるようになりました。そして、ようやく、探していたタイムカプセルを見つけることができました。中には、ユキオと明子、2人の思い出が詰まっていました。2人でよく遊んだというおはじき。ユキオが明子のために描いた、ハナミズキの絵。ユキオの話で、よくハナミズキの前で遊んだと言っていました。この絵から、明子のことを真っ直ぐに思っていた気持ちが伝わってくるようでした。時を超えた2人の約束は、命の尊さ、家族や友達の大切さ、明日があることの幸せに気づかせてくれました。私は、本当に生まれてきて良かったと思えました。そして、最後の場面、悠のおばあさんが、ユキオの妹である小夜子さんだった時は、人とのつながりの素ばらしさを感じました。ユキオが助けた命。その命が悠と千鶴を出会わせてくれた。そしてまた、千鶴から誕生する新しい命。とても温かいと思いました。

優秀賞

第三中学校1年生 黒木 颯人 さん  「かぎりなくやさしい花々」を読んで

 「結婚するってたのしいぞ、星野も結婚しろよな。」星野さんの友達の一人、新井さんはそう言いました。首から下が麻痺して、回復の見込みのないままベッドに寝ている星野さんに言ったのです。結婚の話や、自分が楽しんだ話を、遠慮していた人も多かったのに新井さんは普通に言ったのです。

 星野さんは、中学校の体育の先生です。子供の時からやんちゃで泥だらけで帰ってくる毎日でした。小学生の時に初めて器械体操を見て自分もやりたいと思い器械体操を始め、高校・大学と器械体操部に入りました。

 ある日、体育の授業で宙がえりをした時、マットに頭から落ちてしまいました。ただの失敗だと思ったけど、なぜかおきあがれません。生徒に腕を持ってもらっても感覚がありません。「腕があがるのか。」と思うほどでした。その後、救急車で病院へ運びこまれ頸髄損傷というケガと言われ、これから一生、器械体操どころか歩くこともできなく、寝たきりや車イスでの生活となってしまいました。

 およそ1年前に相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で35人が殺傷された事件がありました。「障害者はいなくなればいい」と思っている犯人がたくさんの障害者をおそいました。テレビのインタビューで「犯人は障害者は役に立たないと言っています。」と亡くなった人の遺族の人にどう感じるか聞いていました。「たしかに役には立ちません。でも、障害者の人とでも話していると楽しいです。笑いがあります。学ぶこともたくさんあります。」と遺族の人は話していました。NHKで「バリバラ」という番組があります。障害者の人をテーマにし、ドラマやお笑いをしています。どんな障害を持っている人でも、楽しく生きていきたいと思っているはずです。この本を読むと、あの事件はなんてひどいのかと思えてきました。

 今では、星野さんの美術館が日本に3つあります。星野さんは手を動かすことができません。ある時、同じ病室の中学生の男の子をはげますために帽子によせ書きをしてほしいとお願いされました。口にペンをくわえて書くしかないと思った星野さんは、「お富」と書こうとしました。しかし、丸い点しか書けず、星野さんのお母さんが続きを書きました。星野さんは、男の子にうそをついて自分が書いたと言ってしまいました。そのうそを本当にしようと思い練習を始めました。練習は、毎日。線や丸から始め五十音や漢字も書けるようになりました。

 それから数年たつと絵まで描けるようになったのです。そして障害者センターの人が星野さんの展覧会をしたいと言いました。展覧会の『語りかけ帳』には、たくさんの人の気持ちが書かれていたそうです。そこには、「涙がこぼれました。」と書いている人がいました。この本の中に描かれているタンポポの絵は、花びらの一枚一枚が細かくてどこか気持ちがあたたかくなるような絵です。

 今ではもう、星野さんは退院して障害者だけでなくいろんな人を花の絵ではげましてくれています。『障害者』『健常者』という言葉の壁をなくしていける世の中になってほしいと思います。ぼくも新井さんのように『障害者』も『健常者』も同じ『人』として接していきたいです。

優秀賞

長南中学校1年生 大北 光羽 さん  「マザー・テレサ」を読んで

 私が、なぜこの本を選んだかというと、小さい頃からマザー・テレサが好きでマザー・テレサを尊敬していたからです。尊敬している理由は、一生を貧しい人々にささげて正しい行いをしてきたことがあげられます。その他にも、親がいない子供達のために、暮らせる場所を作ったり、青空教室も開いたりしていただけではありません。それ以外にも、たくさんのことをしてきました。そのようなことをした、マザー・テレサが好きになりこの本を選びました。

 マザー・テレサの凄いところは、意思が強くなんでも、つきとおそうとして、人々を助けようとすることに私は、心を打たれ、マザー・テレサのようになりたいと私は思いました。マザー・テレサのようになるには、色々なことが大切だと思います。大切だと思うことは、思いやる心、優しい気持ち、感謝を忘れない心が大切だと思います。その他にも、小さいことでも、やりとげたりすることが、大切だと思います。貧しい人を助けるからといって、その気持ちだけだとダメだと思います。まず、大切なことは、助けたいという行動を起こすだけでも、その人達の助けになると思います。それと同時に、医療や看護も学ぶことが人を助ける第一歩になると思います。それ以外にも、残り物を寄付してあげることも大切だと思います。ささいなことだと思いますが、子供は、とても嬉しく感じたりすると思います。ボランティアや市民の活動で人を助けることも大切だと思います。「まず最初にみつけた人をたすけなかったら、何十万、何百万の人々を、ひとりとしてたすけることはできないでしょう。どんな仕事でも、まず第一歩からはじめなければならないのです。」というのがマザー・テレサの信念です。この信念は凄いと思います。なぜ、凄いかというと、たくさんの人をひとりでも多く助けたいという思いが強いと思うからです。その気持ちが強いほど、マザー・テレサの、人の命をむだにしたくないという強い気持ちが、よく分かります。その大切な命を守りたい、マザー・テレサは、道で倒れている人がいれば、タクシーで病院へ行き、病院に断られると違う病院に行き、また断られたりして、それと、途中でタクシーの運転手から見はなされることがあると、マザー・テレサは、労働者の手押し車をかりて次の病院へ走ってゆく人でした。それは、とても大変なことだと思うので、マザー・テレサは、よくあきらめず、病院を周り続けたと思います。マザー・テレサは、午前4時44分に起きて、午後10時以降に寝ます。このような生活をマザー・テレサは、ずっと続けてきたことを読んで、私は、マザー・テレサのような生活は、できないと感じました。他のシスター達は、午前4時40分に起きて、午後10時に寝ています。マザー・テレサは、他のシスタ-が寝ている間に、ハンセン病を専門的に学ばせてみたら、ハンセン病は、他人に病気をうつすおそれがごくわずかなことが分かったら、シスター達は、ハンセン病の見分け方、そして早期に治療すれば完全に治すことを熱心に教えはじめました。私は、ハンセン病の間違った理解をシスター達が熱心に正しい理解を教えていることが凄いと思いました。

 私は、マザー・テレサのような行動をまねをして、貧しい人の力になれるような大人になりたいと思います。

お問い合わせ
学校教育課 <e-mail:g-kyouiku@city.izumisano.lg.jp>
電話番号:072-463-1212(内線2331~2335)
FAX番号:072-469-5267

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