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作文

※作品内の表現については原文のまま掲載しています。

小学校

最優秀賞

長南小学校6年生 讃岐 菜々美 さん  差別というかべ

 「差別」このことを書こうと思ったきっかけは2つあります。1つ目は、学校での授業で心に残ったから、2つ目は、差別は世界のどこかではなくて、自分の身の周りでも起こっていると思ったからです。

 私は実際に差別をされたこともないし、その場面を自分の目で見たこともないので、差別の本当のこわさを知らないです。でも、ニュース、テレビなどで肌の色がちがうというだけで差別をしている人達がいることを知りました。私は、そのことが気になったのでインターネットで調べてみました。すると、肌の色にかんしての自分たちの身の周り、日本人も差別をしている内容の記事が出てきました。それは、こんな話でした。私は知り合いと話していて、外国にルーツある子の話になり、肌が黒いと私が発言すると、話していた知り合い(日本人)に差別だと怒鳴られました。私は肌が黒いといったら差別になるという思考が差別的だと思い、そのように反論したのですが、更に腹を立てられました。私の知ってる黒人の方は、自分のことをBlackといいますし、肌が黒いことの何が差別になるのかが全く分かりません。そして、肌が白いというのが差別にならなくて、黒いと言うと差別になるという考えがおかしいと思いました。

 この話を知って、日本人にも差別的な考えをもっている人がいて、ショックだったし、反面、その考えを正すことを言われたのに、逆に腹を立てて、その行動はおかしいと思いました。それに、「肌が白いと差別にならないけど、肌が黒いと差別になるという考えがおかしい」という部分に、すごく共感できました。そして、差別ってかわいそうという他人事の最初の考えから、差別的な考え、差別は他人事ではない、差別はおかしいという考えになりました。

 私は差別についての考え方がかわって、自分でじっくりと考えることができたので、差別的な考えをなくしていきたいと思いました。もし、自分の周りで差別的な考えをしている人がいたら考えを直そうと思いました。この世界から1人でも多く差別をする人が減ればいいなと思いました。なので、自分にやれることは積極的にやっていきたいです。

優秀賞

長南小学校5年生 東妻 優心 さん  二つの勝利

 私は、勝利にはうれしい勝利と、うれしいのかあまりわからない勝利があると思います。うれしい勝利は、なにかの大会などで勝ったときは、うれしいと思います。これがうれしい勝利だと思います。

 次に、うれしいのかあまりわからない勝利というのは、戦争での勝利です。当たり前だけど、勝利というのはうれしいものです。でも、考えてみると私は、戦争で勝ったということは、人を殺して勝ったということじゃないかなと思います。私がもし、戦争に行って勝ったとします。勝ったらよろこぶと思います。でも、そのよろこびはあまりいい意味ではないと思います。だってその戦争で亡くなった人も何人もいると思います。それでたくさんの人が悲しむと思います。その人たちがどんなに悲しんでも、亡くなった命はもどってきません。

 命が2つあったらいいのになと思うかもしれませんが、それは無理だからやっぱり・・・戦争はだめだと思います。それに、戦争に行きたくない人もいっぱいいると思います。それなのに無理やりに連れて行くっていうのも、死にに行かされるような感じがします。だから、私は本当に、戦争をする意味がまったくわかりません。人を殺して何の意味があるの?罪もない人がなぜ死ななきゃだめなの?と私は思います。他にも家族や友達などと、もしかしたら一生会えなくなるかもしれないし、もし、家族や友だちが戦争で死んで、自分だけが取り残されたら、その人との今までの楽しい思い出も全部、思い出すたびに悲しくなったりもすると思います。

 なぜ、戦争をするのでしょう?きっと戦争するのには、きっと理由があるはずです。でも、どんな理由があろうと、人を殺すというのはけっしていい事ではないと思います。

優秀賞

末広小学校2年生 前川 心春 さん  わたしのかぞく

 わたしのかぞくをしょうかいします。

 パパは、外でしごとをしているから、まっくろです。頭はぼうず頭です。ひげが少しはえています。おさけをのんで帰ってくるときは、わたしの顔にひげをすりすりしてきます。いたいです。でも、しごとから帰ってきたら、いっぱいあそんでくれるから、わたしは、パパが大すきです。

 ママは、かわいいです。でもよくおこります。ママが作ってくれるだいこんのおなべが1ばんすきです。大きくなったら、わたしも作りたいと思います。

 つぎは、おとうとです。おとうとのえいとは、今ようちえんに行っています。わたしは、おとうととよくけんかをします。かつのはいつもわたしです。でも、さいきん、えいとは強くなってきました。まけないようにがんばります。けんかもするけど、よくいっしょにあそんでくれます。小さくてかわいいです。けんかもするけど大すきです。

 さいごは、おばあちゃんです。おばあちゃんは、やさしくて大すきです。今、手をこっせつしているのでかわいそうです。毎日、お手つだいをするので、早くよくなってほしいです。

 わたしのかぞくは、みんななかよしです。とっても大すきです。

中学校

最優秀賞

長南中学校1年生 永井 真優 さん  外国人の差別について思うこと

 ぼくのお父さんは、インドネシア人で、お母さんは、日本人です。ぼくは、インドネシアで生まれて、2才の時に日本に引っこししてきました。保育園や小学校の時から、「外国人なら外国語しゃべれるはずやろ。しゃべってみろ。」などと言われていじめられたり、発表会や参観などの時に、お父さんを見られて、「外国人やー、こわい。」と、キャーキャーさわがれたりしたことがあって、お父さんが、保育園や小学校に来るのが、いやな時がありました。しかし、小学3年生の時、家族に自転車を買ってもらうために自転車屋さんに行ったとき、ある店員さんに、「自転車を買ってくれる家族がいていいね。おじさんは、赤ちゃんの時から家族がいなくて、施設で育ったんだよ。ほ乳瓶を自分で持ってミルクを飲んだりしたんだよ。自転車の乗り方を教えてもらったのも、ホームレスのおじさんだったんだよ。」と言われました。その時、ぼくは、はっと気づきました。ぼくには家族がいて、赤ちゃんの時から大事に育ててもらっていて、いつも行事の時には、学校にも来てくれて、ありがたいのに、どうして恥ずかしいと思ってしまったのだろうと思いました。昔の自分が恥ずかしいです。外国人だから恥ずかしいと一番思っていたのは自分でした。その時から、学校にお父さんが来ても恥ずかしいと思わなくなりました。友達にも、学校にお父さんが来ても、何も言われなくなりました。ぼくはただ気にしすぎていただけだったということに気付きました。

 今、ぼくの妹は、保育園の年長さんです。この前の保育参観の時に、友達に初めて、「お父さんは外国人?」と聞かれたそうです。それから妹は、お父さんには言わないけれど、お母さんにこっそりと、「お父さん外国人と言われるから、お父さんが保育園に来てほしくない。」と言ったそうです。ぼくはその時の妹の気持ちはとても分かりますが、ぼくが小学3年生の時の自転車屋さんの話を妹がもう少し大きくなった時に話してあげようと思いました。

 今年の夏休みに入ったころ、クラブの合同練習に自転車で行った帰り道に、くぎか何か尖ったものをタイヤでふんでしまいました。タイヤがパンクして、家族が、「新しいものを買おうか?」と言ってくれたけど、3年生の時に自転車を買った時のことを思いだしました。ぼくは新しい自転車を買ってもらわずに、修理に出してもらいました。これからもこの自転車を買ってもらった時のことを忘れずに、自転車のことも、家族のことも大切にしようと思いました。

 ぼくが伝えたかったのは、外国人だからとか、白人とか黒人だから何ということを聞くと、とてもいやな気持ちになることです。そんなことは関係ないと思うからです。最近、アメリカで白人と黒人でけんかをしているというニュースを見ました。今は、内戦などもあったり、世の中では、まだ戦争している国もあるので、外国人でも、白人でも、黒人でも宗教なども関係なく、お互いを尊重しあえるようになれば、世界中からケンカや戦争が無くなると思います。一日でも一秒でも早く争いが終わってほしいです。

優秀賞

長南中学校3年生  さん  幸せのない戦争なんていらない

 

 皆さんは毎日どう過ごしていますか。毎日をどのように生きていますか。今日をどのように過ごしますか。等の質問に大半以上の人は、「たのしく」だったり、「ふつうに・・・」「悔いがないように」等と答えると思います。しかし、なぜ、今私達はそういう「たのしく」等の言葉を話せるのでしょうか。

 私達が、「たのしく」等の言葉を話せるのは、日本には“戦争”がないからです。でも約70年前は「たのしく」等といった言葉を話せない時代がありました。まだ日本に“戦争”があった頃です。そんな中、毎日楽しく生きたくても生きられない。ふつうな一日を過ごせない人達がたくさんいました。そのことについて私は、長野の修学旅行で学んできました。

 私が長野の修学旅行で学んだことは、まだ日本に戦争があった頃に生きていた『戦没画学生』です。

 この『戦没画学生』についてよく学んだのが、画学生の絵などを展示している無言館の館長窪島誠一郎さんのお話です。窪島さんは私たちに、「それぞれの絵に正解はない。自分が良いと思った絵を心に持って帰って下さい。戦争の時代は絵を描くことや歌を歌うことなどが自由でなかった。今の自由な時代を感謝しなければならない。ここの絵は人間の今生きている命の尊さを表している。もう少しの時間をくれ、絵を描かせてくれと訴え、人間が生きる一分一秒の大切さを教えてくれる。人間は、将来大好きな人に頑張ったことを伝えるために勉強する。」と語ってくれました。

 私達が今、漫然と過ごしている一分一秒をこの画学生達は、生きられなかった。自分たちが大好きな絵を描けなかった。いつも持っていた筆を、持てなかったのです。そう考えると、自分は何をやっているんだろう。たくさんの時間を無駄にしてるように思えます。

 私は、無言館や窪島さんの話を聞いて、一分一秒の大切さというのを教えてもらいました。

 無言館では、一分一秒の大切さを色々な形で物語っていました。まだ完成していない絵や、大好きな恋人達に、戦地にいるにもかかわらず送っていた絵葉書きや、その人達の遺品、愛する人達への手紙等が展示されていました。その中でも私は、戦没画学生達の手紙に目をとめました。

 戦没画学生達の手紙には、たくさんの思いがつづられていました。それは、戦地から必ず帰ります。等といった事ではなく、「もしかすると帰れなくなるかもしれない」「もっと絵を描いていたかった」「お体に気をつけて、いつか会いましょう。さようなら」と、もう自分の家、愛する人達の元へ帰れない事を分かっていたような文が書かれていました。「もっと絵を描いていたかった」と、後一分後二分、三分描きたいと思っていた絵を、戦争のせいで、描けなかった。帰ってきたらつづきを描くからね、と恋人に言った約束も守れなかったのです。それを見た私は、この人達が後一分、二分描きたかった時間、一分一秒を大切に過ごしていかないといけないと思いました。窪島さんが言っていたように、「この一分一秒を自分がしたい事をすればいい、この画学生達が生きたくても生きれなかった時間を大切に過ごしてほしい。」私は、自分のしたい事をして、一分一秒を無駄にしたくないと改めて思いました。

 戦争なんて、良い事じゃない。やってはいけない。と無言館を通して思いました。戦争は大切なものを失うだけで、手に入る物は、罪悪感と、大切な物を失った悲しみだけ。幸せなんてないんです。この幸せのない戦争を二度としないように止めるのは私達です。戦争をなくすために、人と人との争いをなくす事が大切です。争いにならないために、まず相手の気持ちを考える事と、協力し、互いを尊重する気持ちが必要です。

 核のない世界、戦争がない世界、笑顔がある世界、幸せがある世界にするために、私達は後世の子供達に、戦争の悲惨さ、命の尊さを訴え続けていかないといけないと思います。

優秀賞

日根野中学校3年生 山地 凜華 さん  私が思うこと

 私は、中学生になってから、平和や戦争など、たくさんのことについて、学ぶ機会が多くなりました。

 そして、その中で、平和について考えました。平和とはなんなのか考えました。

 私が、一番に思ったことは、この国は戦争はないけれど、まだまだ病気や、暴力、いじめなどで、苦しんでいる人がいるのではないか、罪のない人が、どこの誰かもわからない人に殺され、その家族が悲しんでいるのではないか、そんな事があるのに、平和とは言えるのだろうかということです。

 私は、4年前に、病気になりました。その病気は、今の医療では治すことができず、薬に頼って生きていくしかできないと言われました。その病気と向きあって生きていこうと決めました。それから私は、周りの人に理解してもらうために、病気のことを話しました。薬さえ使用していれば、普通の子と変わらない生活ができるということを、話しました。ほとんどの人は、理解してくれたり、心配してくれたりと、受けいれてくれました。けれど、理解してくれない人もいて、からかわれたり、病気のことを、馬鹿にされたりしたこともありました。理解はしなくてもいいけれど、私の他にも同じ病気の人がたくさんいて、その人達も必死で向きあっているのに、それを馬鹿にされるのが、悲しかったです。

 私は、普通に生活できているけれど、もっと重い病気の人は、普通の生活ができない。それに限らず、いじめられている人や、戦争にまきこまれている人達などは、心に深い傷を負ったり、まともな食事がとれなかったりして、苦しんでいる人がたくさんいるのに、助けられないという事が、とても悔しいです。

 いじめは、いじめている人は、楽しいかもしれないけれど、いじめられている人は、反論することも許されない。「やめて、嫌だ」と言うことも許されない。戦争も、続けることによって、食べ物を取りあげられたり、少しでも贅沢をすれば、暴力をふるわれたりなどし、自分達の家でも自由にすごすことも許されない。なのに私は、食べたい物も食べることができて、嫌なことには嫌と言える。

 私は、この国、この世界の全ての人に、幸せになる、「嫌だ」と自分の意思を言う権利があると思います。たとえそれが、病気の人であっても、貧しい人であっても、その権利は他人が奪っていいものではないから、私はこの世界が平等になればなと思います。

 その一歩として、私達ができることは、相手を尊重すること、信じることだと思います。

 私は、いじめ、暴力、差別、戦争など、人々を苦しめることが無くなれば、それこそが本当の平和だと思います。

 私は、これからも、この病気と向きあって生きていくけれど、その途中で、苦しんでいる人がいれば、迷わずに、手をさしのべたいと思います。

お問い合わせ
学校教育課 <e-mail:g-kyouiku@city.izumisano.lg.jp>
電話番号:072-463-1212(内線2331~2335)
FAX番号:072-469-5267

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