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作文

※作品内の表現については原文のまま掲載しています。

小学校

最優秀賞

第二小学校5年生 金田 咲歩さん  社会を明るくするために

 

 明るい社会とは、一体どんなものだろう。私はこう思います。みんなが、笑顔で幸せに暮らせること。平和で、こわい事件や犯罪がなくて、安心して毎日を過ごせること。将来に夢や希望を持てること。

 そのために、私ができることは何だろうと考えた時、ふと思いうかんだ人がいます。それは、私のおばあちゃんです。車に乗れないおばあちゃんは、電動自転車で30分かけて、暑い日も寒い日も、私の家に遊びに来てくれます。私と妹の顔を見ると、元気が出るからだそうです。なぜおばあちゃんが思いうかんだからというと、私の身近な人の中で、一番明るくてパワフルな人だからです。おばあちゃんは、知らない人とでも、まるで知り合いかのようにあいさつをします。私なら、知らない人だと、恥ずかしいし、何だかこわいので、あいさつはできません。おばあちゃんは、妹が幼稚園に通っていた時も、おむかえでおしゃべりして、たくさんのママ友ができました。一人でバス旅行に行くこともあります。私だと家族が一緒じゃないとさみしいけど、おばあちゃんは、旅行で初めて出会った人とでも、友だちになって帰ってきます。お店に買い物に出かけても、店員さんとすぐに仲良しになっています。おばあちゃんは私や妹から元気をもらっていると言うけれど、実はその逆で、私たちがおばあちゃんから元気をもらっています。もしかすると、おばあちゃんの周りの人もみんなそうなのかもしれません。知らない人にでも、こわがらずにあいさつをして、おしゃべりをして、仲良くなるんだと思います。私にはなかなかまねができないけれど、私は、そんなおばあちゃんが大好きです。

 世界が、おばあちゃんみたいな人ばかりだと、明るい社会になると思います。私も、おばあちゃんみたいに、明るくて、周りの人を元気づけられる人になりたいです。知っている人には、今まで通り、気持ちをこめてあいさつして、知らない人でも、目が合えば、恥ずかしがらずにニコっとできるようになりたいです。そうして、明るい社会を作る一員になりたいです。

優秀賞

第一小学校1年生 右梅 千咲さん  いのち

 

 わたしのいのちは、おとうさんとおかあさんからもらいました。わたしのおねえちゃんも、おとうさんとおかあさんからもらいました。おとうさんとおかあさんのいのちは、おじいちゃんとおばあちゃんからもらいました。おじいちゃんとおばあちゃんのいのちは、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんからもらいました。

 このなかで、だれかがいなかったら、わたしは、うまれていません。わたしのおともだちもおなじです。

 みんな、いのちは、ひとつです。

 みんな、いのちは、たからものです。

 だから、わたしは、みんなのいのちをずっとずっとたいせつにします。

優秀賞

長南小学校6年生 長東 明空さん  人権と平和と戦争

 私は、身の周りが平和であり続けられるために、自分達にできることは何か考えてみました。すごく小さなことだと、けんかをしないようにすることだと、はじめに思いました。

 でも、どうして身の周りで考えたかというと、実際に戦争したりしている国もあるから今、まだ子供の私には、世界を平和にするということは、考えることさえも難しいのではないかと思ったからです。

 私のなかでは、人権の言葉の意味は思いやりとか、人のことを考えて行動するようなことだと思っていました。しかし、一度人権という、言葉を調べてみました。すると、人間が人としてもつ権利という結果でした。でも人として持つ権利が何なのかが、わかりませんでした。

 私が人権と聞いて、はじめに思いつく言葉は、戦争と平和です。理由は戦争は人の命をうばうからです。全く人権的ではないと思います。それに、関係のない人までもがまきこまれて、そのうえ亡くなった人や病気になった人もいるから、人として持つ権利が何なのかはわからないけれど、その権利さえも失われているのではないかと思うからです。

 平和は、前にかいてあるようなことはなく、おだやかな状態であることだから、人としてもつ権利もあって、人権的だと思うからです。

 真反対の2つの言葉だけれど、どちらも人の身体と心に関係する大切な言葉だから、意味をわかっておこうと思いました。

 自分たちにできることで私もしないといけないと思うことは、相手を思いやることや、家族や友達を大事にして、平和であり続けられるようにすることだと思いました。

 修学旅行では、原ばくドームに行ったりして、戦争のときのことを学ぶときに戦争の恐ろしさをしることができたらいいと思います。理由は、恐ろしさや悲しさがわかると、戦争を絶対にしてほしくない、平和であり続けたいという思いが強くなると思うからです。

 これからも、楽しく一日一日大切にしてすごそうと思います。

中学校

優秀賞

長南中学校2年生 岡村 寧子さん  部落差別と向き合う仲間

 私はこれまで、人権問題に対してあまり興味をもっていませんでした。しかし、中学校に入学してからいろいろな人権学習にとりくみ、少しずつ興味が出てきました。一年生の三学期に、「部落差別」についての学習をすることになり、私は友だちのAさんと一緒にその学習の手伝いをしました。

 担任の先生と相談して、Aさんのお母さんから話を聴かせてもらうことになり、私たちはAさんの家に行きました。私は、最初は「部落差別」についてあまりわからなかったのですが、話を聴くうちにいろんなことがわかってきました。

 そして、「Aさんが住んでいる地域が昔差別されていた」ということや、「Aさんも将来差別されるかもしれない」ということを初めて知りました。

 私は少しとまどいましたが、差別と地域の関係を知ったからといって、Aさんのことを嫌だなと思うことはありません。しかし、まだ昔のままの考え方を引きずっている人がいるということについては、とてもおかしいことだと私は思いました。

 私は、Aさんの住む地域に住んでいないので、一瞬関係ないと思いました。でも、Aさんの地元が差別されていたという話を聴いていくうち、「私も関係している」と思いました。

 「差別しているのは、それ以外の地域に住んでいる人たちだ」と気付いたからです。

 「変わらないといけないのは、Aさんたちやその地域に住む人たちではなく、差別されている地域以外に住んでいる私たちだ」と思ったので、私も関係していると思ったのです。

 もし、これからAさんたちが高校に行ったり、就職したりする時に、部落差別のことを勉強していない人たちが何か差別的なことを言っていたら、「そんなことは簡単に言うことじゃない」ということを伝えて、止めたいです。そして、差別の問題で悩んでいる人がいたら、私はその人の力になりたいです。

 「昔と比べたら差別する人が減ってきている」と、先生から聴きました。しかし、そんな人がまだいるなら、みんなで無くしていきたいと思います。それで、Aさんの地元の人たちや、他の差別されている地域に住んでいる人たちが安心して暮らせるように、私は活動したいと思います。

 差別している人は、差別されている人のことを何もわかっていません。噂や決めつけなど、自分勝手な思い込みで、間違ったことを適当に言う人がいるから、差別が無くならないのだと思います。

 一人ひとりとまっすぐ向き合い、その人の良さや個性をしっかり見ることができたら、差別は無くなると思います。そして、みんながもっと人権や差別のことを学んで、身の周りの差別に気づけるようになることが大事だと私は思います。

 Aさんは、「差別されている人たちを守れるのは、自分や地元の人たちだ」と言っていました。しかし、守らなければならないのは、私たちのような、差別されている地域以外の人たちだと思います。

 私は、Aさんが悩んでいる時には、どんなことでも相談してもらえるような人になりたいです。でも、もし将来Aさんが差別されることがあって、それを打ち明けられたとしたら、私はどんな言葉を返したらいいのか迷うと思います。

 Aさんの本当のしんどさや、気持ちを理解できているかわからないのに、気持ちをわかったふりをしたくないし、「大丈夫や」とか、そんな簡単な言葉ですませたくないからです。

 私は、Aさんのお母さんから話を聴き、Aさんの思いを聴いた後、部落問題の学習にとりくみました。そして、学年全員の前で、この作文に書いたような自分の思いを話しました。学年の仲間たちなら信頼できると思ったし、みんなにもわかってほしかったからです。

 私一人だけではなく、学年のみんなも一緒に人権の大切さを勉強して、Aさんがつらい時には「長南中学校の子はだれも差別せえへんし、みんなAさんの見方やで」ということを伝えられる仲間になりたいと思います。

 Aさんのお母さんは、差別されている地域の出身ではなかったそうです。しかし、「結婚してその地域に住めば、もしかしたら差別されるかもしれない」ということを知っても、Aさんのお母さんや家族の人たちは差別をしませんでした。

 私もそういう人になりたいし、そんな人を増やせるように行動していきたいです。

優秀賞

長南中学校2年生 さん  最後の人権

 私は、夏休みの課題で五年生のときから、人権作文を書いています。テーマは戦争でした。今まで母方の祖父から戦争を体験した話や、戦争で戦死した曽祖父の話を聞いて、戦争についての作文を書いていました。今年も祖父に話を聞いて、まだ書いたことのない戦争の事が書ければいいなぁと思っていました。しかし、それは出来ませんでした。

 七月、夏休みになり、母から「おじいちゃんが入院した。」と言われました。祖父は、数年前に癌を患い、手術をして通院しながら自宅で療養していました。でも、完治する状態ではありませんでした。数年の間にも癌の転移や、新たな癌が見つかっていました。 

 祖父は、抗がん剤治療や延命治療を受けない意志を持っています。母たちは、それを尊重することにしたそうです。

 私は、その話を聞いて、その時は理解できませんでした。治療を受けたほうが少しでも長生き出来るかもしれないのに、どうして治療をしないんだろうと思いました。

 すると母が、祖父の思いを教えてくれました。それは、祖父のお兄さんが、病に倒れて入院した時、お兄さんの意識がもどらず、家族は、延命治療に同意し、人工呼吸などの延命治療をしました。でも祖父は、日が経つにつれて、回復する見込みがほとんどないのに、管や機械につながれているお兄さんの姿をみるのが辛くなりました。そして、お兄さんがとてもかわいそうで仕方がなかったそうです。だから、自分の時は、家族の為にも、自分の為にも、延命治療をしないと希望しました。自然に最後を迎えることを望んでいます。「人それぞれ人生があるように、最後の迎え方もそれぞれ。悲しいけれど、あなたにも、おじいちゃんの思いを少しでも分かってほしいなぁ。」と母は涙をこらえながら言いました。

 私は、人の死について考えるのがこわくて、今までは向き合ったことがありませんでした。今でも、祖父の思いや母たちの思いが正しいのか分かりません。でも、大切な祖父の思いを尊重する事が、最後の人権であるというなら、家族でその権利を守ってあげるべきなんだと思います。

 入院中の祖父には、今まで、たくさんの事を教えてもらいました。また、こうして、人権作文を書くことができました。一日でも長く生きてくれる事を私は強く願います。

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学校教育課 <e-mail:g-kyouiku@city.izumisano.lg.jp>
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